首都圏動物記のトップへ WEB連載 5

第1回 奥武蔵のプラナリア

 このプランは、実は思いつきではない。フリーランスのドキュメンタリー・ディレクターとしてテレビの仕事をやっていた十数年前、番組企画案として思いついたプランだ。

 そもそものきっかけは友人から聞いた話だ。新宿ゴールデン街の行きつけの店でその夜、彼はひとりでウイスキーを飲んでいた。その彼の目の前のカウンターに、天上からふいに何かが落ちてきた。
 蛙だ。

「色は?」

「茶色っぽかったな」

「アマガエルだね」

「違うだろ? 茶色だよ」

「だからアマガエルだよ。彼らは環境に合わせて体表の色を変えるから」

 そんな会話を交わしながら、なぜゴールデン街の小さな店の天井裏にアマガエルが張りついていたのかを僕は考えた。結論としてはわからない。でも東南アジアの食堂の天井裏によく張りついているトッケーヤモリのように、手足の指に吸盤を持つアマガエルが、ゴールデン街の店の天井裏や壁の隙間に潜んでいるとしてもありえない話ではない。

 でもその場合、繁殖はどうするのだろう。彼らの幼生は誰もが知るようにオタマジャクシだ。つまり水が必要だ。新宿ゴールデン街の一角に、彼らが繁殖できるような池や沼が存在しているはずはない。ならばどうやって彼らは子孫を増やしているのだろう。
 ……そんな煩悶をしているとき、ふと思いついた。都会は人間が暮らすエリアだ。でも実のところ、この環境に適応して暮らす虫や小動物は少なくない。
 ならば彼らを被写体にするドキュメンタリーの企画はどうだろう。きっと面白いものになるはずだ。時間はそれほど長くは必要ない。短いほうがよい。たとえば長寿番組である「世界の車窓から」のように、5分ほどがベストだろう。

 こうしてタイトルに「東京動物記」と銘打ったミニ番組の企画書を手に、僕は各局を回った。
「都会で暮らす動物という視点は分かるけれど、東京に限定しちゃって大丈夫なのか」
 各局のプロデューサーに時おりそう聞かれた。東京って意外と広い。伊豆諸島や小笠原諸島もあるし、今何かと話題の硫黄島も実は東京都だ。山梨や神奈川との県境となる奥多摩や檜原村は、鬱蒼とした原生林が広がる森林地帯だ。もちろんそんな広大なエリアだけでなく、この企画を思いついた十数年前はバブルの残滓がまだ都市のあちこちに漂っていた頃で、赤坂や六本木にも至るところに更地があった。更地には多数の虫がいる。探せばカナヘビなどもいるかもしれない。野鳥が営巣している可能性だってある。とにかくゴールデン街にアマガエルが棲息しているのだ。虫や動物たちを舐めてはいけない。

 そう言って僕は各局のドキュメンタリー番組担当のプロデューサーを口説いたけれど、結局はこの企画は陽の目を見なかった。
「趣旨はわかった。だけどさ、この企画、今のこの予算内で撮れるの?」
 ほとんどのプロデューサーは企画書を熟読した後に、異口同音にそう言った。バブルの後遺症は番組の制作現場にも及び始めていた。数年前までは各局ともゴールデンタイムに大型紀行番組などを頻繁に放送していたが、湯水のように制作費を使える時代はもう昔話だ。たぶんこの企画ならせいぜいロケ2日くらいがバジェットの限界だろう。

 動物ものは手がかかる。

 業界ではこれは常識だ。何しろ自然界に暮らす彼らのスケジュールを抑えることはできない。おまけにいつカメラの前に現れるかもわからない。要するに読めないのだ。最短でも1週間のロケは必要だ。「手がかかる」はイコール「金がかかる」でもある。しかしミニ番組の予算で、それだけのロケ日数を前提にはできない。最近では家庭用のデジタルカメラの映像を使う場合が多いが、動物や虫を撮るならば、画質的にはやはりプロ用の撮影機材が必要だ。

 こうして予算の兼ね合いでこの企画はボツとなった。「この予算で撮れるの?」と訊ねられて「撮れます」と答えていれば、きっと実現したと思うが、その場合は番組が始まってから後悔することになることは明らかだった。

 テレビで諦めたその企画を、僕は中村に提案した。
「東京動物記ですか」

「うん。でも今僕は千葉に引越してしまったから、身辺の小動物や虫たちの生態の記録という意味では、東京限定はちょっと辛い」

「首都圏ですね」

 こうして昨年の12月、連載とタイトルが決まった。首都圏動物記。硬派ドキュメンタリーを期待していた中村としては、当初は若干の戸惑いがあったようだけど、でも年が明けてから送られてきたメールの文面には、最後に「この機会に、僕も森さんと一緒にプランクトンでも育ててみようかなと思っています」と書き添えられていた。

BACK 1   2   3   4 NEXT

首都圏動物記のトップへ このページのトップへ