入籍後最初の新居は荻窪の隣の駅である阿佐ヶ谷。一軒家の二階だった。部屋は三畳間が2つと四畳半が2つ。大きなキッチンというか炊事場が1つ。ところが内風呂はない。明らかに変則的だ。おそらくかつてはこの部屋1つひとつに、賃貸で住む人がいたのだろう。つまり下宿屋。不動産屋にこのアパートに案内された僕は、ここにしますと即決した。隠れ家のような小さな部屋がたくさんあることが嬉しかったのだ。敷金や礼金を払ってから(仕事をしていた)妻に報告した。ところが妻は風呂がないことにショックを受けたようだ。解約するようにと言われたが、もう敷金礼金は払い込んでしまっていた。結局は2つの三畳間は物置になった。
ここには妻と力丸とで1年ほど暮らした。やがて妻は妊娠した。子供ができるのなら銭湯通いはつらい。そこでもう1回引越し。今度は同じ阿佐ヶ谷駅の反対側。間取りは六畳と四畳半の二間でバスとキッチン。東京に出てきてからは、これが初めての内風呂のある生活だ。
この家にも小さな裏庭があった。そこに小さなメスのクロネコが迷い込んできた。野良のようだ。名前をムギとつけた。
ムギはなかなか大きくならない。臆病で小食なネコだった。やがて妻が臨月を迎える頃、とつぜんぐったりと元気がなくなった。あわてて獣医に運んだ。診断は急性肺炎。この体力では今夜がヤマと言われ、とにかく点滴をしてもらって家に戻れば、今度は妻が産気づき、病院に運んだその足で家に戻れば、ムギはほとんど動かなくなっていた。あまりにも生と死がめまぐるしい。
ムギの小さな遺体は庭に埋めた。出産はその翌日くらいだったように記憶している。退院は1週間後。
こうして家族は1人増える。ところがその1週間後、いつもなら夕方には戻ってくる力丸が帰ってこない。それまでにも1日くらいの家出は時おりあったけれど、このときは翌日も、そしてまたその翌日も帰ってこなかった。目のことがあったから心配だった。どこかで車にでも轢かれたのだろうかと案じていたら、1週間が過ぎる頃にやっと帰ってきた。痩せ細ってはいたが意外に元気だ。目は半分ふさがっているような状態。とにかくいつものようにホウ酸水で洗い、獣医からもらう目薬を差してキャットフードを与えながら、「家出する理由なんかないぞ」と話しかけた。でも食べ終えた力丸はまた出て行った。二度と帰ってこなかった。「赤ん坊が生まれるとネコは家出する」との話は時おり聞く。だからあれは最後の別れの挨拶のつもりだったのかもしれない。
こうして長女の誕生と引き換えのように、僕の周囲からネコが消えた。