長女が幼稚園に入る前に阿佐ヶ谷から千葉の柏市に引っ越した。そして以前に仕事をした盲導犬協会からラブラドール・リトリバーの仔犬をもらって飼い始めた。
やがて次女が生まれ、長女が小学校の高学年に進む頃、柏から我孫子に引っ越した。この時点で犬は2匹。でもある日、財布を落としてその届けのために派出所に行った僕は、段ボール箱の中から聞こえる仔ネコの鳴き声に気づく。応対する警官に聞けば、拾得物として通行人が持ってきたという。
「これ、どうするんですか?」
「貰い手が見つからないのなら処分するしかないよね」
僕はダンボールの蓋を開けた。握りこぶしほどの小さな、そして不細工で汚れたサバネコだ。
目が合った。仔ネコは激しく啼いた。やれやれ。派出所を出たその足で近所の獣医に行き診察をしてもらい(極度の脱水と栄養失調の状態だった)、貰い手募集の貼紙を掲示してもらったけれど、予想どおり貰い手は現れない。こうして不細工なサバネコは家で飼うことになった。このとき家には二代目のラブラドールのメスがいたけれど、彼女はこのオスの仔ネコを我が子のように可愛がった。
仔ネコの名前はチャンキ。荻窪時代の友人が飼っていたネコの名前を拝借した。成長したチャンキは、子供時代の不細工さが嘘のように綺麗なネコになっていた。1年が過ぎる頃の冬の朝、登校したばかりの次女が半分泣きながら電話をかけてきた。学校まで歩くその道すがら、車に轢かれて死んだネコの死体を遠目に見たのだけど、チャンキによく似ていたというのだ。確かにチャンキは前の晩から帰ってきていなかった。僕はあわてて次女が見たという地点にまで自転車で行ってみたけれど、すでに片付けられたのか死体はない。保健所に連絡して確認した。死体は確かに回収したが、首輪はしていなかったという。ならばチャンキではない。僕は家族にそう言った。でも車に轢かれれば首輪が千切れる可能性はいくらでもある。それは敢えて口にはしなかった。妻や娘たちも、きっとどこかに生きているねと話していた。
チャンキがいなくなってから1年が過ぎる頃、近所でまた2匹の握りこぶし大の仔ネコを見かけた。見ちゃったものは仕方がない。あとはいつものコース。馴染みの獣医で診察してもらって飼い主募集の告知を掲示するが現れない。