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写真・文/森達也

第11回 2月の畑

 2月のバッタ。これには驚いた。イソップの寓話でも、夏のあいだに遊び歩いていたキリギリスは冬場は死んでしまうことになっている。でも確かにバッタだ。おそらくはツチイナゴの一種だろう。

 千葉のこのあたりでは、この季節は深夜の温度は零度以下。水たまりなどは氷結している。ムシは変温動物だ。つまり温度が下がれば生命活動を維持できないはずだ。

 でもこうして生きている。このときは他に虫は見つからなかったけれど、根気よく探せばもっと多くの虫はいくらでも見つかるはずだ。ふと顔を上げればオオカマキリの卵が枝に揺れている。やがて春になれば、ミニチュアのカマキリたちがぞろぞろとこの中から現れる。

 だからこそクモが生きている。
 だからこそタヌキも生きている。

 連鎖は続く。循環する。人はその輪から外れてしまった。そもそもはとてもひ弱な動物だったはずなのに。2本の腕で道具を作り、火薬を使って武器を作り、気がついたら地球上で最強の生きものになっていた。鋭い爪や牙もないのに。素手では大人のチンパンジーにもかなわないのに。
 冬は沈黙の世界ではない。多くの虫や小動物たちが、見方によっては夏よりもむしろ濃密な生の営みを送っている。

 もうすぐ3月。繁殖と誕生の季節。季節も連鎖する。いろんな循環構造に囲まれながら僕たちは生きている。
 時おり思う。循環とは帰ること。帰ることができるから安心できる。

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