首都圏動物記のトップへ WEB連載 5

第2回 奥武蔵のプラナリア2

 首のあたりにカッターナイフの刃先を入れて力をこめる。小さすぎて切れたかどうかよくわからない。でも確認している余裕はない。あまり長時間低温に晒しすぎると死んでしまう場合もあるらしい。今度は身体のほぼ真中に刃先を入れる。

 シャープペンシルの先で突つくと、確かに3つの破片になっている。僕はコーヒーフィルターをそっと持ち上げると、水をたっぷりと入れた別のタッパーの中に破片ごと入れて小さく揺すった。3つの破片はゆっくりと水の底に落ちていった。

 ルーペで水の中を覗く。首から上の頭がちょうど中央に見える。写真を見れば誰もが共感すると思うけれど、藤子不二雄が描くところのコミックのキャラクターのような2つの目を持つプラナリアの顔は相当に可愛い。丸い白目に点のような黒目。ご丁寧に少し寄り目がちだ。鼻や口はないから(プラナリアの咽頭は身体のほぼ中央の腹部側にあり、食べかすもここから排出される)、ひし形の顔に2つの丸い目という天然のデフォルメが為されている。

 そのとき、頭が動いた。いや、動いたなんてレベルじゃない。前に進んだ。それも相当に速い。五体満足だったときと速度はほぼ変わらない。その表情に苦悶の気配はない。相変わらす藤子不二雄のキャラクターのまま、きょとんとした表情で、もくもくと前方に向かって進んでいる。どうやって進んでいるかはよくわからないが、おそらくは腹部側の筋肉を使っているのだろう。横にルーペをずらせば、胴体と尾部も、かつて頭があった方向に動いている。

 身体をたった今3つに分割されたばかりだというのに、プラナリアはとにかく徹底してさりげない。何だろう。あらよ!っていう感じかな。江戸っ子だ。めそめそとかぐずぐずとか、そんな要素は欠片かけらもない。身体は欠片なのに。

 ここまでは3日前。そして今。3つの破片は元気だ。傷口が何となく盛り上がってきたような気がする。頭と胴体と下腹部。人間社会なら猟奇事件で大騒ぎのタッパーの中で、相変わらずひょうひょうと生きている。

 これ以降の再生については、間に合わないのでいくつかの資料を参照する。完全な個体になるまでは2~3週間ほど。頭の破片の切り口からは胴体が再生するし、胴体の破片の頭側の切り口からは頭が、尾部側の切り口からは尾部が再生される。要するに切る部位で何が再生されるかが決まっているのではなく、切り口の細胞が足りないものを認識していることになる。そして前述のように切り口の細胞が欠けた部位を補うのではなく、全体の細胞が新しい1匹の個体になるように作り変えられる。だから再生した3つは以前よりは小さな個体になる。頭の破片から再生した個体は、いつのまにか頭も小さくなっている。例えばアゲハチョウのさなぎの中で、幼虫の筋肉組織は1回液体状に溶けて、まったく形状の違う成虫へと作り変えられる。まさしくそんな変化が、プラナリアの身体の中で起きているのだろう。

BACK 1   2   3   4 NEXT

首都圏動物記のトップへ このページのトップへ