首都圏動物記のトップへ WEB連載 5

写真・文/森達也

第3回 千葉北西部のノコギリクワガタ

 5月下旬のよく晴れた日の昼下がり、僕はバス通りから家へと繋がる小道を歩いていた。千葉県と茨城県の境界線近くに位置する僕の家の周囲は、エリア的には一応は首都圏といえるのだろうけれど、かなりの田園地帯だ。小道の両側には、うっそうと繁る雑木林が続いている。
 この地に越してきたのは12年前。その前は隣の街に暮らしていた。駅にはデパートが3つもあって、景観としてはほとんど東京都心と変わらない賑わいを見せる街だった。ところが隣接するこの街の駅の周囲には、デパートどころか喫茶店すらない。やっと最近1軒できた。要するにかつてのブームだった再開発に失敗した街なのだろう。これはいい。そう思いながら今の家の周囲を車で走っていたら、雑木林に挟まれた細い道路を、ゆっくりと横切る蛇に出くわした。アオダイショウだ。かなり大きい。決めた。ここに住もう。

 そう思いついてから12年が過ぎる。干支が1回り。それなりの年月だ。バス停から家に至るこの小道の周囲の景色も多少は変わった。家の数が増えたようだ。雑木林の幾つかは駐車場になった。でも逆に言えばその程度だ。家の隣は広大な市民農園。1区画借りた。一応は自家菜園の真似事をやっている。
 引越してすぐに、夏の夜の涼しさに気がついた。昼の暑さは都心も田舎も変わらないけれど、日が落ちると涼しい風が吹く。エアコンのスイッチを入れる夜はほとんどない。そこであらためて気づく。夏の夜の寝苦しさは、最近の都市部の現象なのだ。

 家まではあと5分ほど。まだ梅雨前だというのに日差しは強い。歩きながら傍らの太いクヌギの木に僕は視線を送る。この時期の習慣だ。まだ早すぎることは知ってはいるが、どうしても探さずにはいられない。
 ……僕は立ち止まった。口をぽっかりと開けていたかもしれない。すぐ目の前のクヌギの木の幹に、茶褐色に輝く大型の昆虫がしがみついている。

 虫がしがみついていた位置は、ちょうど目の高さだった。捕獲は容易たやすい。すばやく動く虫ではない。指先で摘み上げた虫を、僕はシャツの胸ポケットに入れた。当然ながら虫かごなど持っていない。でも手のひらの中に入れた場合、噛んだり鋏んだりすることはないけれど、けっこう鋭い鍵爪で皮膚を引っかくのだ。

 家に持ち帰って机の上に乗せて、さっそくデジカメを構える。それがこの写真。オスのノコギリクワガタ。大きさとしては中型。特に立派ではないが貧弱でもない。

 見つけたときに口をぽっかりと開けてしまった理由は、どちらかといえば夜行性のこの虫が昼下がりという時間帯にのそのそ出歩いていたことと、何よりも季節的に早すぎるからだ。
 一般的にクワガタはカブトムシより早い時期に姿を現す。でもそれにしても、雑木林の中で普通に目にすることができるようになる時期は、例年は梅雨が明けてからだ。コクワガタの登場はノコギリクワガタよりは早いけれど、でもそのコクワガタにしたって、こんな時期に見つけることはめったにない。今年は記録的な暖冬だったから、その影響なのかもしれない。

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