だから子供時代から、僕にとっての夏はクワガタ採りの季節でもあった。今も採る。家の周囲にいるのはノコギリクワガタとコクワガタ。この2種類だけ。でも思い出してみると、僕が子供の頃には、ミヤマクワガタもけっこういた。夏の昆虫の本当の王者はこのミヤマクワガタだ。オオクワガがいるじゃないかと言う人がいるかもしれないが、オオクワガタはあまりに数が少ないことに加え、僕の飼育経験では、闘争心もさほど強くはない。だから王座争奪戦からは外す。まあ、そこが逆に王様っぽいとの見方もできるけれど(その意味ではノコギリクワガタは、繁華街をうろつくチンピラに似ている)。
ミヤマの由来は深山。つまりそもそもは平地にはあまり棲息していないクワガタだけど、でも僕が子供の頃には、夏の早朝に雑木林に入れば、時おりは見つけることができた。身体はノコギリクワガタよりは1回り大きく、頭部が鎧でもかぶっているように左右に張り出している。がっしりとした大顎は見事な曲線を描いていて、外見はいかにも強そうだ。外見だけじゃない。実際に強い。ミヤマを捕まえた子供は鼻高々だった。でも最近はまったく姿を見ない。なぜならミヤマクワガタの幼虫は高温に弱いからだ。
同じようなことがセミでも言える。昔のセミは、都市部ではほとんどがジージーと鳴くアブラゼミだった。ミンミンゼミやクマゼミはかなり希少だった。ところが最近ではアブラゼミが激減し、クマゼミが急激に増えている。アブラゼミの幼虫も高温に弱く、そしてクマゼミの幼虫は高温に耐久性があるからだ。
ビルや道路のアスファルトなどで地面が覆われるため地中の温度が上がるヒートアイランド現象は、都市部から少しずつ周辺に広がっている。つまり夜に涼しくならない。高温に弱いアブラゼミやミヤマクワガタの幼虫は、この緩慢な地温の変化で少しずつ消えていった。競争相手がいなくなったクマゼミやノコギリクワガタは、当然ながら数が増える。
そういえばこの辺りも、夏の夜にクーラーのスイッチを入れることが、引越してきた頃よりは多くなったような気がする。こうして生態系が少しずつ変わる。虫の数全体が大きく減少するわけじゃない。相対的に総量は大きくは変わってはいない。
火にかけられた鍋の中のカエルは、ゆっくりとした水の温度の上昇に気づかない。だから「いい湯だな」と鼻歌を唄っているうちに茹ってしまう。
この格言が示すように、人は環境の微細な変化になかなか気づかない(念のため書いておくけれど、鍋のカエルの話はもちろん比喩だ)。馴致能力がとても強いからだ。だから夏の風物でもあるセミの声が少しずつ変わってきたことに、人はなかなか気づかない。それに虫に関心がない人にとっては、ミヤマクワガタもノコギリクワガタも同じように見えるだろう。だから変化には気づかない。
でもふと振り返ったときに、以前とは何かが違うぞと思う。思うけれど明確には意識できない。以前とはずいぶん違う場所に来ているのに、人はなかなかそのことに気づかない。