この1月、防衛庁が防衛省に昇格した。これについての僕の意見や思想信条についてはとりあえず措く。今書きたいことはその是非ではなく、この日の夜のテレビニュースについてだ。僕が見たかぎり、民放だけでなくNHKですら、この日のトップニュースは、松坂大輔大リーグ移籍の話題だった。
こうしてかつては異例だったことが、いつのまにか当然のことになってゆく。人はこうして環境の変化に馴致してゆく。少しずつ。気づかぬうちに。そして事が起こってから、なぜいつのまにこんなに違う場所に来ているのだと驚く。それから犯人探しが始まる。犯人なんかどこにもいない。みんなが加担した共同の不作為だ。でも気づかない。人はそんなことを繰り返している。
家に連れ帰ったノコギリクワガタは、僕の指先の動きに対して、大顎を振りながら盛んに反応する。かなり意気軒昂な個体だ。大顎の内側に鋸のような内歯がびっしりと並んでいる。もちろんこれが名前の由来。
クワガタは個体差が激しい。同じノコギリクワガタでも、倍ほどに体格が違う個体が存在する。幼虫時の栄養状態の差がはっきりと表れるのだ。その意味では典型的な格差社会。さらに身体の大きさは顎の形も変える。大きな個体の顎は大きく湾曲しているけれど、小さな個体の顎はほぼ真直ぐだ。だから喧嘩にならない。ハンデという発想がまったくない。まあ自然界では当たり前のことだけど。
クワガタのこの極端な個体差の理由を、メスや樹液などを他の個体と争うときの戦略の違いだとする説がある。小柄なオスは他のオスとの正面からの衝突を避けながら、身軽さなどを生かして樹液やメスの側に忍び寄り、食餌や交尾をするということらしい。巨体と喧嘩をしても負けることは自明だからだ。この繁殖戦略が大顎の形態や闘争心の濃淡に反映する。なるほど。クワガタの個体差は、遺伝子というよりも幼少時の環境の差が大きい。だから利己的遺伝子の見地からも淘汰される必然はない。格差社会ではあるけれど、造化の神はそれなりには公平だ。
一応は説得力のある論旨だけど、でも子供の頃の記憶では、闘争心の濃淡は体格の個体差には比例しなかったような気がする。小さいのに喧嘩っ早い個体がいた。その逆に、がっしりと屈強な体躯で立派な大顎を所持しているのに、気弱で喧嘩を極力回避するような個体もいた。
まあ現実なんてそんなものだ。理論どおりにはならない。だからこそ面白い。一晩だけタッパーの中で過ごしたノコギリクワガタは、翌朝には森の中にリリースされた。昔は戻さなかった。僕も少しは大人になった。
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