ハリガネムシの卵が孵化するのは小川などの水中だ。孵化した幼虫はヤゴやユスリカ、カワゲラなどの水棲昆虫の幼虫に寄生する。やがて水棲昆虫はハリガネムシの幼虫を寄生させたまま成虫となり、その多くは飛翔する。そしてその成虫を、今度はカマキリが食べる。
こうしてやっとハリガネムシは、本来の目的であるカマキリという宿主とめぐり合い、その腹の中で成長する。その成長の速度はすさまじい。前述のようにあっというまに20センチ以上になる。針金のようではあっても、カマキリの腹の中ではかなりの容積になるはずだ。オオカマキリやチョウセンカマキリではなく居住空間が広いハラビロカマキリに寄生することが圧倒的に多い理由は、そのあたりにあるのかもしれない。
それにしてもカマキリの腹の中に入るまでの経緯だけを考えても、うまく潜り込める確率は相当に低い。寄生した水棲昆虫がカマキリに食べられなければ、そのハリガネムシの生涯は失敗に終わるのだ。ただし実際にはカマキリだけではなく、コオロギやカマドウマに寄生するハリガネムシもいるようだ。でもどう考えても、このケースでは大きくは成長できそうもない。
それだけではない。カマキリの腹の中で成長したハリガネムシは、やがて口器を失う。つまり餌をとらなくなる。ならばもうカマキリの腹の中にいる必要はない。次の段階に進まねばならない。つまり交尾だ。そしてそのためには水辺に戻らなければならない。カマキリは秋の訪れとともに交尾をして死ぬ。そのまま腹の中にいては、ハリガネムシも共倒れだ。
そこでハリガネムシはどんな戦略を立てたのか。ここからがとても興味深いところだけど、水辺に宿主を誘導しているらしい。つまり体内から宿主を操縦するわけだ。宿主に自殺願望を誘発させて水辺へと誘うとの説があるようだが、さすがにこれは信じがたい(実際に水中に飛び込んだコオロギの腹からハリガネムシが這い出してくる映像は見たことがあるけれど)。
ただしハリガネムシが、どのような方法で宿主を操縦しているかはまだわかっていない。そもそも本当に操縦しているかどうかも実証されていない。フランスの研究者たちのグループは、「ハリガネムシが寄生しているバッタの脳から、神経伝達物質の活動に関係するタンパク質が発見された」と発表した。
水辺にダイブさせる神経伝達物質。うーむ。やっぱり信じられない。でもたまたま宿主が水辺に近づく確率だけに種の生存を賭けることの無謀さは僕にも想像がつく。
少なくとも自殺衝動とは違うだろう。水を欲するように仕組まれた神経伝達物質。そんなところかもしれない。それにしたってすごい。これほど身近にいる生きものなのに、そんなことすらまだわからない。そもそも進化の過程で、なぜハリガネムシは、水辺に縁がないカマキリを最終的な宿主として選択したのだろう。どう考えたって不要な苦労をしている。実際に夏の終わりの雨の日には、多くのハリガネムシが水を感知してカマキリの腹から外に飛び出して、結局は乾燥して死んでしまう。水棲の昆虫を選んでおけば、もっと楽な生涯を送ることができたはずだ。
きっと何か事情があるのだ。他人にはそう簡単にわからない。世界は複雑だ。そして奥深い。