首都圏動物記のトップへ WEB連載 5

第7回 小渕沢の蛾

 蛾ときたら蝶。これはよく飼育した。具体的にはモンシロチョウにアゲハチョウ。幼虫を捕まえてきて、モンシロチョウならキャベツで、アゲハチョウならミカンの葉などを入れて孵化(ふか)するまでを飼育する。これは何度もやった。でも蛾では経験がない。

 蛾は蝶と同じ鱗翅目(りんしもく)だ。成虫の(はね)や体表が鱗粉で覆われている虫の一群。翅は(甲虫のようには)折りたたむことができない。口器は2本のひげ状の器官が一体化してストローのような形状になっていることが多く、口吻(こうふん)と呼ばれる。つまり餌は花の蜜や樹液、果汁など、液状のものに限定されることも鱗翅目全般の特徴だ。

 蛾は蝶よりも圧倒的に種が多い。日本国内の鱗翅目は現時点で3500種以上が発見されているが、蝶はそのうちの約250種だけ。残りは蛾だ。世界レベルでは、蛾の種の数は、蝶の30倍近くあるといわれている。現在の分類を要約すれば、鱗翅目のなかのセセリチョウ科、アゲハチョウ科、シロチョウ科、シジミチョウ科、シジミタテハ科、タテハチョウ科に属するものを「蝶」と呼び、そのほかを「蛾」と呼んでいるということになる。

 蛾と蝶の違いは何か。翅が鱗粉で被われていること、翅を折りたためないこと、口吻があることなどは共通している。静止状態で翅を開いているのが蛾で蝶は翅を立てて(閉じて)いるとよく言われるが、翅を立てる蛾などいくらでもいるし、翅を開く蝶もまったくいないわけではない。
 触覚の形状が違うとの説もある。確かにほとんどの蝶の触覚の形は、糸か棍棒(こんぼう)のようにシンプルだ。これに対して蛾は、ブラシ状の形態の触覚が多い。でもすべてではない。糸や棍棒状の触覚を持つ蛾は多数いる。

 蝶は昼間に飛び、蛾は夜に飛ぶ。この法則はどうか。確かに夜行性の蝶は少ない。翅に大きな目玉模様が描かれているフクロウチョウやジャノメチョウの仲間は樹液を吸うため、夜明けの頃や夕暮れに飛翔するけれど、でも真夜中ではない。確かに夜に舞う蝶はほとんどいない。でも反対に昼行性の蛾はいくらでもいる。その代表は花の蜜を吸うスズメガだ。この仲間はホバリングをしながら蜜を吸う。三角形の翅を小刻みに震わせながら蜜を吸うその姿は、どう見ても蛾ではなくてハチドリに見える。実際に僕も子供の頃に初めてスズメガを見たときは、「新種のハチドリを発見したのかもしれない」とかなり興奮した。

 他にも蛾は鱗粉が剥げやすいとか胴体が太いとか、巷に言い伝えられているような俗説は多数ある。いずれもその傾向は認められるけれど、例外は絶対にある。決定的な因子ではない。全般の傾向としては、蝶の特質を列挙することはできるけれど、蛾を特徴付ける形質や属性は明確ではない。つまり蛾が蛾であるための必要十分条件はないに等しい。系統分類学的な見地からは、蝶は蛾の一部であると見たほうがいいのかもしれない。ならばなぜこれほどに曖昧な分類をしてしまったのか。
 資料によれば、明治期にバタフライとモスを区別する英語圏の文化を取り入れたことから、蛾と蝶の分類は始まっているらしい。つまりその前は分けられてはいなかった(だから英語圏ではないドイツやフランスなどでも蝶と蛾の区別はない)。首都圏でもあり中部地方でもある山梨県のように、蛾と蝶の区分けも曖昧なままでよかったのに。蛾にしてみればどうだっていいことだろうけれど。

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