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森達也の首都圏動物記 第8回 新宿のカラス

 カラスを拾った友人はマンション住まいだった。オートロックの共同エントランスが北にあって、彼の部屋はそこから中庭を経由した廊下のいちばん奥にある。拾ってから数週間が過ぎて、そろそろ野生に戻さなくてはと心を鬼にして、彼は南側のベランダから仔ガラスを放すと窓を閉めた。仔ガラスはしばらくベランダをうろうろしていたようだが、小一時間が過ぎる頃、どうやら閉め出されたと判断したらしく、その場からいなくなった。
 ところがその場から飛び立った仔ガラスはマンションの北に回り、おそらくは誰かがオートロックの扉を開けたときにその隙間からするりと中に入り込んで、そのままよちよちと歩いて彼の玄関前まで来て、扉の前で啼き続けたという。ワンフロアには10世帯ほど。各戸の玄関の形状は皆同じ。この玄関から仔ガラスが出入りしたことは、それまで一度もない。それなのにどうして奥の部屋が自分の家だとわかったのか、今でも不思議なんだと彼は首をひねる。

 平成13年以降、カラスは東京都では駆除の対象にされている。要するに石原都政における悪役だ。そのときのポスターを何かで見かけた記憶があるけれど、「天敵のカラスを退治しましょう」的な勇ましいものだった。天敵って誰の天敵なのだろう? 言葉が浮遊しているとしか思えない。

 ただし賢いから保護しなくていけないと主張するつもりはない。それならヒステリックな「クジラを守れ」式のスローガンになってしまう。でも危ないとか怖いとか不潔だとかと思い込んで距離を置いたままにするならば、少しだけ近づいてつくづく眺めたほうがいい。知ったほうがいい。ほんの少し視点を変えるだけで、印象はころりと変わる。世界は新たな相貌(そうぼう)を見せてくれる。

 カラスはとても情緒豊かだ。学習能力や記憶力も高い。仔ガラスは結局は野生に戻ったけれど、黒い鳥の姿に閉じこめられた別の高等生物じゃないかと思うときがあったよと彼は言う。
 僕も学習しよう。もしもまた朝まで飲むぞといわれても、これからは絶対に信用しない。その程度の学習能力はあるからな。

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