モドキの意味は擬似であるということ。つまりフェイク。ガンモドキは雁ではない。元は豆腐だ。人間もどきも人間ではない。ならばナナフシモドキもナナフシとは違うのかといえば、決してそんなことはない。日本ではエダナナフシと並んで最もポピュラーなナナフシだ。それにそもそも、「ナナフシ」なる「種」はいない。前述のようにこれは「目」なのだ。つまりナナフシモドキはモドキなのにその本家がいない。何だかややこしい。たとえば人間がいない世界での人間モドキ。あるいは雁がいない世界でのガンモドキ。存在の意味がない。
考えたら、ナナフシの名前の由来もよくわからない。漢字では七節。でも実際には体節は7つではない。このナナフシモドキの場合は、たぶん10節以上ある。どうも釈然としない虫だ。でも先を急ごう。今回は書きたいことがたくさんある。
2006年7月28日付けの山陽新聞に、「倉敷市内でナナフシモドキの成虫の雄が見つかった」との記事が掲載された。同市自然史博物館によると、同種の雄が見つかるのは全国でもきわめて珍しく、西日本では初めてのことらしい。
さっと読み過ごすと、この記事の意味はよくわからないかもしれない。ナナフシモドキ自体は珍しくない。でもオスの発見は、新聞に載るほどに珍しい。なぜなら彼らは、単為生殖をするからだ。
子を産んで子孫を殖やすことを「生殖」という。生殖をしない生きものはいない。35億年から40億年前にかけて、地球上の原始の海で誕生した最初の生命は、たんぱく質や核酸などの有機物で作られた細胞(膜)を持ち、代謝を行い、そして自己複製を行った。これは生命の最低限の定義でもある。
最初の生物は細胞1個の単細胞生物と考えられる。つまり分裂(無性生殖)によって増殖する。そして不老不死だ。ところが無性生殖のままでは、生存するすべての個体が同質のDNAを持つことになる。つまり個体差がない。寒さに強いもの、暑さに強いもの、渇きに強いもの、筋力のあるもの、決断力のあるもの、などの差異が生まれない。だから環境の変化には弱い。あっというまに死滅する。
そこで生きものは進化を続けながら、父親と母親から2種類の遺伝情報を受け継ぐという有性生殖を身につけてゆく。これによって環境の変化にも対応する力を獲得し、また進化の速度も一段と早くなった。現在この地球上で生を謳歌する生きもののほとんどは有性生殖だ。ただし性(種の保存)の交換条件として、生きものは個としての死を与えられた。