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【Aperitif de Cinema】「映画」という名のメイン・ディッシュをより深く味わうために、“科学フレーバー”の食前酒はいかが?

写真・文/佐保 圭

今宵の逸品

プレステージ

2人の天才マジシャンがトリックを駆使してくり広げる壮絶な闘争劇
天才科学者ニコラ・テスラの活躍がたまらない!

舞台は、まだ科学と奇術との境界が曖昧だった19世紀のロンドン。物語は、1人の天才マジシャンがライバルの天才マジシャンを殺した罪で裁かれる法廷から始まる。だが、時間を遡り、事件の真相に迫れば迫るほど、謎は深まってゆく。やがて、互いに憎しみ合う2人の闘争劇に、天才科学者ニコラ・テスラが加わった時から、物語は恐ろしい結末へと疾走し始める……。マジシャンとして観客を騙す主演2人の演技力の高さも去ることながら、知性と狂気との入り交じった複雑なテスラのキャラを演じたデビッド・ボウイの怪優ぶりがロック・ファンには堪らない!

■原題:THE PRESTIGE
■2006年/アメリカ映画/130分
■監督:クリストファー・ノーラン
■主演:ヒュー・ジャックマン クリスチャン・ベール

劇場映画
プレステージ
  • 提供・配給:ギャガ・コミュニケーションズ
  • 6月9日 スカラ座他 全国東宝洋画系にてロードショー!
  • 公式HP
今宵の1杯

 まるで“高級なマジック”を見せられたかのような気分になった。2人の天才奇術師の闘いを描いたこの映画にはいくつもの謎が張り巡らされており、1つ解けたかと思うとまた次の謎が現れ、推理好きにはたまらないサスペンスとなっている。だが、何より興味をそそられるのは、最大の謎である「瞬間移動」のマジックの種明かしだ。この瞬間移動は“科学の力”で実現されるというのだから、果たして“種明かし”と呼んでいいのか判断はつきかねるが、いずれにせよ、その奇抜なトリックが明かされた時、あまりの気味の悪さに「うわぁ~、それはやだよなぁ~」と背中が寒くなること請け合いである。

 この「瞬間移動マジック」の種となる「科学の力」を主人公に提供するのが、実在した天才科学者ニコラ・テスラという設定である。

 空中放電実験などで今も使われる「テスラコイル」など数々の発明を成し遂げたニコラ・テスラ(1856-1943)は、その偉大な功績から「磁束密度」の単位「テスラ」にその名を残す。1884年には「エジソン電灯」に就職し、交流電流による電力事業を提案、直流電流による電力事業を推し進めるエジソンと対立したが、結局、ナイアガラの滝の発電所に交流発電機が取り付けられたことで勝利を収め、天才科学者としての高い評価と名声を手に入れた。ところが1901年、「アンテナからマイクロ波を伝送することで、無線で世界中に電力を供給する」という「世界システム」の研究に着手したことから、テスラの人生は大きく変わってしまう。莫大な研究費をかけても結果が出せず、結局、パトロンだったJ・P・モルガンに逃げられ、研究が大失敗に終わった頃から彼の転落が始まった。晩年は不遇のうちに隠遁生活を強いられたが、映画ではその隠遁生活時のテスラが描かれており、物語の後半ではエジソンの手下によって研究室に火を放たれるというショッキングな事件も展開する。

 テスラの研究所の庭を訪れた主人公の奇術師は、無線で電力供給され煌々と光る何十もの巨大な電球に目を見張る……そんなテスラの“夢”の実現とも言えるシーンを眺めながら「もしテスラが100年以上も前に『世界システム』の開発に成功していたら、今の世界はまったく違ったものになっていただろうな」とぼんやり考えていた時、ふと思い出した。

 「確か日本でも、マイクロ波による電力輸送システムの研究が続けられているはずだ!」

 ということで、早速、東京都調布市にある宇宙航空研究開発機構(JAXA)の総合技術研究本部高度ミッション研究センターを訪ねた。JAXAが「マイクロ波による無線電送システム」の研究を続けてきた理由は、無尽蔵かつ究極のクリーン・エネルギーである「太陽光エネルギー」を宇宙で集めて、それを地球に送り届けるためだった。でも、地上でこれだけたくさんの太陽電池が活躍している現在、なぜわざわざ宇宙で太陽光を集めなければならないの?
「宇宙で集めると、地上で集めるのに比べて、単位面積当たりの年間利用可能エネルギー量は5~10倍にもなるからです」
と宇宙太陽光利用システム開発プロジェクトのリーダーである森雅裕・宇宙機構高度ミッション研究センター長は答えた。

▲宇宙航空研究開発機構(JAXA)総合技術研究本部・宇宙機構高度ミッション研究センターの森雅裕センター長。

 太陽光は、大気や雲によって吸収されてしまうので、地上に到達する前に約70%に減衰する。さらに地上の場合、夜はもちろん、日中でも曇りや雨だと利用できない。しかし、地上36,000kmの静止軌道上の人工衛星で太陽光を集めれば天気に影響されることはないし、公転面に対する地軸の傾きの関係から、人工衛星が地球の影に入るのは春分・秋分の頃の計70分だけなので、昼夜に関係なく24時間ずっと太陽光を集め続けられるという。その結果、太陽光を宇宙で集めると「地上の5~10倍の太陽光エネルギーが利用できる」「昼夜・天気に関係なく24時間エネルギーを供給できる」という2大メリットが生まれるのである。

 このメリットに注目した米国の研究者ピーター・グレイザー博士は、1968年、「静止軌道上の人工衛星で太陽光を受けて、マイクロ波に変換して地上に送る」という宇宙太陽発電衛星の概念を提唱。その後、研究が進められたが、現在はブッシュ大統領の政策を反映して、探査機の推進力や月面でのエネルギー供給などに原子力を用いる計画が予算化され、宇宙太陽発電衛星に関する研究には資金が拠出されなくなってしまった。

 一方、日本で宇宙太陽光利用システムの研究が始まったのは1980年代に入ってからだった。1988年、米国の「包括通商・競争力強化法」の条項の1つ「スーパー301条」が施行されると、日本の宇宙開発にも世界的な競争力が求められるようになった。これをきっかけに、宇宙太陽光利用システムの研究が本格化したのである。当時からプロジェクトに参加していた森センター長はふり返る。
「技術的な可能性はあった。最大の課題は建設や発電、運用面でのコストですが、計算してみると充分に手の届く範囲にありました」

こうして、宇宙太陽光利用システム実現のための本格的な研究が始まった。

 無線送電は、太陽電池で発電した直流電流をマグネトロンなどでマイクロ波に変換し、アンテナで地球へ送電、地上の受電アンテナで受信し、その交流電流を整流して直流電流に変えるという仕組みでなされる。しかし、アンテナからビームとしてしぼりこんだ形で地上へ伝送するとはいえ、それでも、マイクロ波には広がりやすいという特徴があるので、地上でエネルギーを受けるには巨大なアンテナが必要になる。そこで、90年代に入ると、マイクロ波の変わりに広がりにくいレーザーを使い、地上で電力化したり、あるいはレーザーを直接利用し、光触媒や電気分解により水素やメタノールを製造するなどの方法が考えられた。こうして、マイクロ波、レーザーの両面からの宇宙太陽光利用システムの研究・開発が進められ、現在に至った。

 では、それぞれのシステムについて、簡単に見てみよう。まず、マイクロ波を使った宇宙太陽光利用システムである。

 静止軌道上にある人工衛星では、まず、2枚の巨大なミラーによって太陽光が太陽電池パネル(発電部)へと集められ、発電する(変換効率17%)。発電した電気は集められ(集電効率93%)、マイクロ波発振器でマイクロ波に変換(変換効率75%)。送電アンテナから地球へと送られる(大気透過率98%)。地上にある直径2kmほどの受電アンテナでマイクロ波から電気へと変換され(変換効率75%)、そこから、商用電源網へと接続され(接続効率95%)、電気として供給される。この結果、宇宙での太陽光エネルギーの8.3%が地上で利用可能となる。

▲マイクロ波宇宙太陽光利用システム。2枚のミラーによって太陽光が「発電部」へと集光され、マイクロ波発振器で電気をマイクロ波に変換したあと、「送電部」の送電アンテナから地球の受電アンテナへと太陽エネルギーを送る。(画像提供 JAXA)

 次に、レーザーを使った宇宙太陽光利用システムを見てみよう。

 静止軌道上にある人工衛星では、まず、太陽光を反射鏡によって100~1,000倍に集光(集光効率90%)。この集光された太陽光をレーザー媒質に入射してレーザーに変換(変換効率35%)し、地球へと送られる(大気透過率98%)。地上にある数百m規模の太陽電池によってレーザーが電力へと変換される(変換率65%)。この結果、宇宙での太陽光エネルギーの19%が地上で利用可能となる。

 以上のような発電効率に加えて、天候・昼夜に関係なく発電できる地上に届く宇宙太陽光利用システムは、地上に届いた太陽光で発電するよりも5~10倍のエネルギー量となるのである。

▲レーザー宇宙太陽光利用システム。反射鏡で集光された太陽光はレーザーに変換され、地球へと送られる(左図)。このような装置をいくつもつらねることによって、大きなエネルギーの伝送を実現する(右図)。(画像提供 JAXA)

▲レーザー宇宙太陽光利用システムの全体図。レーザーはマイクロ波に比べて広がりづらいので、地上の受光部の面積はそれほど必要としない。(画像提供 JAXA)

 ちなみに、マイクロ波とレーザーの2タイプの研究が並行して進められているのは、それぞれにメリット・デメリットがあるからだという。
「マイクロ波はレーザーよりも先に生まれた分、研究実績がより多く積み上げられているが、広がりやすく、送電アンテナや受電アンテナの面積が大きくなるという欠点もあります。レーザーは発振器も小型・軽量化しやすく、地上のレクテナ(受信アンテナ)の面積も小さくできるが、雨や雲に弱い可能性も残っています」(森センター長)

 一方で、マイクロ波の発振器には、これまで重くて大きなマグネトロンの使用が考えられてきたが、新たに開発されたパワー半導体に換えることで、飛躍的に軽量コンパクト化できるようになった。また、光からレーザーへの変換においても、近年開発されたセラミック・タイプを利用すれば、効率の高いレーザー発振が可能となった。つまり、今後も、いつ革新的な科学技術が発見・発明されるかわからないので、マイクロ波とレーザー両方の研究を続けた方が効率的なのだという。

 こうして具体的な説明を聞いてくると、なんだかすぐにでもできそうな気がしてきたので、「いつ頃になったら、実際にモノとしてつくることができるようになるのですか」と尋ねてみた。すると、森センター長は笑みを浮かべてこう言った。
「発電効率も衛星の重量も関係なくつくれと言われたら、今すぐにでもつくれますよ」
なんと、技術的な問題はほとんどクリアされているというのである。

 実際、地上では、京都大学と共同で開発した疑似太陽光発想装置などによるマイクロ波の伝送実験や、宮城県角田市にある宇宙推進技術共同センターでのレーザービーム伝送の実証試験などが行われ、実績を上げている。

▲JAXAと京都大学が共同で開発した疑似太陽光発送電装置「SPRITZ(Solar Power Radio Transmitter '00」。上部にあるハロゲンランプ133個から発せられる疑似太陽光をすぐ下の太陽電池が受け、マイクロ波に換えられて、下方へと伝送される。実験では、下部の面にLEDが敷き詰められ、電力を伝送された部分が光るように設定される。(画像提供 JAXA)

▲2001年、宮城県角田市の宇宙推進技術共同センターで行われたレーザービーム伝送の実証実験の写真。水平500mの距離での伝送において、大気の影響によるレーザービームの伝搬特性が評価された。(画像提供 JAXA)

 では、すぐにでも実現するかというと、そう簡単な話にはならないという。

 衛星の打ち上げコストや運用資金など全てのコストを考慮して計算した上で、他の発電方法と競争できるかどうかが問われるから……つまり、初期投資や運用費はできるだけ安く抑え、回収はできるだけ早くすることで、「経済的にも見合う」という説得力が必要なのだという。衛星の太陽電池などは、部分部分に分けられて打ち上げられ、宇宙で遠隔操作ロボットによって組み立てられる。経済性を上げるためには、この打ち上げの回数を減らす必要があり、つまりは、運ぶべき荷物の性能は変えないまま、量(重さ)を減らさなければならない。このように、現段階では「さらなる経済性を高める技術の開発」が求められているのである。

「20~30年かけて、発電効率をさらに上げ、総計5~10万tの宇宙プラントの重量を約1万tにまで下げて打ち上げコストを減らすことで、原子力発電と同等の約8円/kWh(1kWの電力を1時間発電するのにかかるコスト)にするのが当面の目標です」(森センター長)

 取材の最後、「かつて電力の無線伝送にチャレンジしたニコラ・テスラについては、どんなイメージをお持ちですか」と尋ねると、森センター長はこう答えた。
「新しいものを世の中に送り出すために、生みの苦しみを味わっているという意味では、同じ宿命だと思います。すでに原理は証明されているから、あとは経済性を追求しているだけなんです」

 理論的には完成していても、実現には“コスト”という巨大な壁が立ちはだかる。そういう意味では、現代科学の粋を凝らした「宇宙太陽光利用システム」もまた、100年以上前のテスラの「世界システム」と同様の課題に直面しているのだった。

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