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第9回 世界初の航行へ「高温超電導ヤマト2」、発進せよ!

超電導コイルの磁界を見て、
俄然やる気が出る村民

 150年前、蒸気動力のペリーの黒船が来航した浦賀沖の海をバックに、住友電工の岡崎徹氏が登場。セラミックを超電導コイルにする技術を開発した男である。生物学的には金子助役、主任西脇と同じ男だが、しかし。脳ミソのつくりが二人とはまるで違う男だ。

 岡崎氏の指導で、高温超電導コイルとは何ぞや、ということでコイルの浮上実験を始める。容器の中に超電導コイルを2枚重ねて置き、液体窒素を注いで冷却、数分後に超電導状態になったとき電流を流すと、おおお、上のコイルが空中に浮き上がった。その空白部分を通して、こちらから向こうの海が見えたのだ。

 空中に浮かんでいるコイルを見つめて、西脇主任は先人の凄さに思いをはせ唸った。オンネスという学者は、金属を冷却して絶対零度にまで温度を下げれば、電子の動きを妨げるものがなくなるだろうから、電気抵抗はゼロになるはずだ! と超電導を最初は机の上で理屈から予測し、そして実験を始めたのである。それがあんた、20年や30年前のことではなく約100年前だったのだから、凄い。そいでもってこのオンネスは、当時そりゃ無理でしょうなあ⋯と誰もが匙を投げていたヘリウムガスの液体化をも成し遂げたのだ。

 それから100年、手作り高温超電導電磁推進船ヤマト2で、プレ実験なしのいきなり海上航行に突撃しようとしている西脇である。岩田先生と岡崎氏に出会うまで、数多くの専門家に接触し、素人にはそりゃあ無理でしょうなあ、と言われ続けて来たのだった。が、無理の壁を突き破るのが、おお、わしら大人の科学・実験村の使命なのだ! というか、村長湯本の命令なのだった。

 「超電導の威力をこの目で見たぞ。よしッ、それでは船の製作に取り掛かれ!」
 湯本村長が拳を突き上げた。

高温超電導コイル(住友電工開発)による浮上実験

高温超電導コイルを2つ重ね、容器に入れる。液体窒素を注ぎ、超電導状態にしてから下のコイルに電流を流すと磁場が発生する。その磁場を打ち消すように上のコイルに誘導電流が流れ、磁場が発生する。上のコイルの磁場と下のコイルの磁場が反発して上のコイルが浮き上がる。

常電導でも同じ様な現象は起きようとするが、抵抗が大きいため実際に浮上することはない。上のコイルが空気にふれて温まると、徐々に常電導にもどり始め、しまいにコイルは落下する。落下後に液体窒素で冷やされるとまた超電導状態になり浮上する。

不思議なことに、下のコイルにつないでいた電池をはずしてもコイルは反発し合ったままだ。これは、超電導状態の間は電流が永久に流れ続ける(永久電流)という性質があるからだ。現在、この永久電流を用いて電気エネルギーを貯蔵する方法が研究されており、実用段階にある。

磁石が浮くのはなぜ?

新聞やテレビなどでよく見る上のような写真。高温超電導体のかたまり(バルク)を液体窒素で冷やし超電導状態にすると、その上に永久磁石が浮く。原理はこうだ。

金属などには、磁石を近付けると、磁力線によって表面に渦電流が流れ、その電流が磁石と反対方向の磁力線を発生させて反発しようとする性質がある。

超電導体の場合は抵抗がゼロなので、磁石の磁力線を受けると、それとまったく同じだけの磁力線を反対方向に発生させて磁石を浮かせようとする。
この磁力線を中に入れないように振る舞う性質を「マイスナー効果」といい、超電導状態の特徴の一つだ。

この電極装置。スクリューはないのだ。 1.海水にできるだけ多くの電流を流したいが、海水の電気抵抗は意外に大きい。ダクトを4つに分け、それぞれの電極と電極の距離が短くなるようにした。
2.セラミックでできた超電導コイルは、強度を持たせるために樹脂で固められている。
3.先に準備していたステンレス容器に、超電導コイルがぴったりと入り、安心。
4.推進装置に流した電流が余計なところに流れないようにラップやシリコンを使って金属パーツを絶縁する。
5.船の本体は発砲スチロールで作った。液体窒素の断熱も兼ねる。ステンレスとコイルでかなりの重量になるので、こんなに縦長の船になった。
6.発砲スチロールだけでは強度に不安が残るため、より固いスタイロフォームで船の上下を補強する。
これが住友電工が開発した高温超電導コイルだ! 超電導コイルを船に搭載! 4 5 6
安価で扱いやすい、それが高温超電導だ!
高温超電導の発見 住友電工が高温超電導コイルの開発に成功!

超電導物質は、冷却していくとある温度で電気抵抗が一気にゼロになる。この温度を臨界温度といい、より高い臨界温度を持つ超電導体を発見すべく、現在も各国で研究が進められている。ここで少し歴史を振り返ってみよう。

1911年、世界で初めてオランダで水銀が臨界温度4.15K※で超電導状態になることが発見される。その後、続々と金属系の超電導物質が発見され、臨界温度の記録が塗り替えられていく。このとき冷媒には高価な液体ヘリウム(4.2K)が使われた。液体ヘリウムは、その沸点の低さゆえに研究者でも扱いが困難な液体だ。

1970年代後半、超電導の研究開発において、アメリカとソ連の軍事利用を目的とした開発競争が始まる。岩田先生が開発した電磁推進船にも興味を示し、視察に訪れている。それは電磁推進式の潜水艦は静かで高速のものになると考えられたからだった。

1986年、ついに臨界温度が30Kよりも高い超電導物質が発見される。それはそれまで絶縁体として考えられていたセラミックだった。その後、臨界温度が90K以上の超電導物質が発見され、それ以降、比較的安く扱いも簡単な液体窒素(77.3K)で超電導状態が得られるようになった。

ちなみに液体窒素の液化には『大人の科学マガジン10号』ふろくのスターリングエンジンの原理を応用した冷凍機が使われている。

現在、さらに高温で超電導状態になる物質を探し求め研究が進められている。究極は常温でも超電導状態になる物質の発見ということになる。
 今回の船に搭載した超電導コイルも高温超電導だからこそ、村民でも扱うことができたのだ。

今回、お借りしたコイルは、岡崎さんがグループ長を務める住友電工の超電導開発室が開発した臨界温度110Kというセラミック系の高温超電導コイルだ。

このコイルに使われている線材は、銅の130倍もの電流を電気抵抗ゼロで送ることができる。そのため、その線材をコイル状にしたものからは強力な磁場が得られる。

この高温超電導コイルは、バルク(かたまり)の超電導物質とはちがって、流す電流を変化させて簡単に磁場を制御することができるため、機械への転用がしやすい。たとえば、すでに不純物を磁気分離する装置やLSIのシリコンウエハの材料となるシリコン単結晶を作り出す装置、省エネ超電導モーターなどに応用されている。

セラミック系の超電導物質を線材にしたりコイル状にしたりすることは、大変難しい。それは、細長い陶器を割れないように曲げるイメージだ。実用レベルに達している日本の高温超電導線材の開発技術は、まちがいなく世界の最先端だ。

ビスマス系超電導線材
写真提供:
住友電気工業株式会社

※この場合の温度は「℃」ではなく「K(ケルビン)」で表す。0 K=−273.15℃。この温度は、これ以下の温度はないということから「絶対零度」という。

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