その“箱”に入ると、中にいた時間だけ“時間”を遡ることができる。例えば午後3時に“箱”に入り、7時間過ごして出てくれば、同じ日の午前8時に逆戻りできるのだ。主人公たちはこの“箱”を使って同じ1日を何度も往復し、過去の「自分」を拉致監禁して“箱”に入るのを妨害したりするもんだから、過去へと消えるはずだった「もとの自分」が現在に残り、結果「もう一人の自分」がどんどん増えてゆき、やがて……。とにかく相当ややこしい話で、ニューヨークタイムズ紙の「少なくとも5回は観る必要がある!」という評も素直にうなずけるほどレベルの高い謎解きの醍醐味は大きい。
でも、『大人の科学』的には冒頭延々と続く開発シーンにこそ心が躍った。主人公たちは最初、超伝導を利用した重力軽減装置に挑戦していたようだが、それがタイムマシンの開発につながったりするのだろうか?
大阪大学極限科学研究センターで超伝導の研究に携わる清水克哉教授のもとを訪ね、その可能性を探った。
まずは清水教授の専門分野について訊ねてみると、
「高い圧力をかけると、超伝導にならないと考えられていたものも超伝導になるという研究をしています」
何それ? 超伝導体ってセラミックとかじゃないの?
「例えば酸素も100万気圧かけると金属になり、絶対温度0.6度まで冷やしてやると超伝導になるんですよ」
極限環境ではすべての元素が電気抵抗0の超伝導になる--という仮説のもと、清水教授は、それまで「超伝導にならない」と考えられてきた鉄やリチウムなどの単体元素物質も「超高圧・超低温」という極限環境下では超伝導になることを証明した気鋭の研究者だった。
彼の研究自体が仰天もので興味津々だったが、そこはぐっと我慢して、いきなり核心の質問「超伝導を利用すれば物体の重力は軽減できるか?」をぶつけると、
「私の想像なんですが、『超伝導』と聞くと大抵の人がフワフワ浮かんでいる光景を思い描くでしょ? 『超伝導で重力を軽減』というのは、あのイメージから来ているんじゃないかな。ただ、例えば磁石の同じ極同士を近づけた時も反発して浮かびます。でも、浮いたからって、その磁石自体の“重さ”つまり“重力”が変わったわけではありません。そう考えると、超伝導から重力の軽減、さらにタイムマシンにつなげるのは、なかなか難しいんじゃないかな」
ううむ、超伝導だけでは重力は減らない…ちょっとガッカリ。記者の様子を気遣ってか、清水教授は言った。
「ただ、映画の中で『必要なものは有り物から作り出した』という台詞が何度か出てきますが、あれはうなずけます。すぐそこにホームセンターがあるんですが、お客さんにはうちの大学の研究者も多いと思いますよ」
最先端の研究者がホームセンター? 映画じゃあるまいし、そんな身の回りのものを役立てたりするの?
「例えば、私の研究では、小さな2つのダイヤモンドで挟んで試料に高圧をかけます。そのダイヤモンドの先に試料を持って行く細かい作業の際、縫い針も使いますが、固いので、つい試料を弾いてしまうことがある。細くてしなやかで適度の粘性を持つものはないかと探した結果、たどり着いたのは自分のまつ毛でしたよ」
他にも、高価なハーフミラーの代わりにプレパラートのカバーガラスの端を割って使った話などをさも懐かしそうに語ったあと「研究は、物のない時の方が進むところもあるんです。いろいろ頭を使いますからね」と呟いた清水教授の遠くを見つめる目が印象的だった。 |