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【Aperitif de Cinema】「映画」という名のメイン・ディッシュをより深く味わうために、“科学フレーバー”の食前酒はいかが?

写真・文/佐保 圭

今宵の逸品

ソーラー・ストライク

太陽から発せられた激しい熱の塊が地球を襲い、大空が火の海と化す!
自然大災害と米ロ核戦争危機をミックスしたパニック巨編

ある日、太陽から大量のCME(コロナ質量放出)が地球に向けて放出された。オゾン層の穴から大気圏に侵入すれば、地球温暖化に伴って上昇している大気中のメタンガスに引火し、地球全体が炎に包まれてしまう! CMEの影響で人工衛星が次々と落下する中、人類が助かる道はただ一つ、北極の氷を核爆弾で一瞬にして蒸発させ、その水蒸気で炎を消火すること。果たして、人類に未来はあるのか!?

■原題:SOLAR ATTACK
■2006年/アメリカ映画/97分
■監督:ポール・ジラー
■主演:マーク・ダカスコス

DVD
ソーラー・ストライク
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今宵の1杯

スケールの大きなSFパニック映画だ。

 ある日突然、太陽のCMEが活発化する。CMEとは「コロナ質量放出」あるいは「コロナガス大規模噴出」と訳される現象。太陽の表面に“磁場”として蓄えられたエネルギーが爆発的に解放される現象のことで、このCMEがもの凄い熱の塊が地球を襲う。米国とロシアの軍事衛星が焼かれて地球に落ちてくるわ、大気中に停滞する高濃度のメタンガスに引火して世界じゅうの空が火の海になるわ、科学的説明シーンもあるわで、科学好きなら結構ハマれる掘り出し物だ。

 でも、実際に映画のようなことが起こったりしないか、ちゃんと監視しているのだろうか?……ということで捜してみると、太陽の様々なデータをもとに、毎日午後3時に出される「宇宙天気予報」なるものを発見した。

▲これが「宇宙天気予報」だ。画面右では、無線通信する人や衛星を運用する人、航空機を操縦する人などへの情報が提供され、「天気予報」としては「フレア予報」「地磁気擾乱予報」「プロトン現象の予報」が提示されている。
宇宙天気情報センター

『これはおもしろい!』ということで、早速、この宇宙天気を予報している独立行政法人情報通信研究機構(NICT)のSWC宇宙天気情報センターを訪れ、宇宙環境計測グループ研究マネージャーの亘慎一博士に話を伺った。

▲独立行政法人情報通信研究機構 電磁波計測研究センター 宇宙環境計測グループ 研究マネージャーの亘慎一博士。

 まずは映画の概略を知ってもらうために、映画のハイライトシーンをまとめた予告編を研究室で観てもらうと、亘博士は「なるほど、なかなかおもしろそうですね。まあ、衛星が落とされることはあっても、こんなふうに爆発したりはしないでしょうけれど……」

 そうですよね。いくらなんでも衛星が落とされたりなんて……って、えぇっ! CMEで実際に衛星が落ちたりするんですかっ!!
「ええ。ただし、落下の原因は、2000年7月の太陽活動による地磁気嵐の影響で超高層大気が加熱膨張して密度が変わったことで、衛星の姿勢が不安定になり、軌道高度も下がってしまったからですが……」と説明しながら、亘博士は1枚の資料を差し出した。

 そこには、2001年にX線天文衛星「あすか」が太陽活動の影響で落下すると予測した新聞記事のコピーが転載されており、この衛星は実際、同年3月に落下したという。

 あの映画が描いた恐怖は、全くの絵空事ではなかった! 他にも、1989年3月、地磁気嵐の誘導電流によってカナダのケベック州の電力会社で送電設備に障害が発生し、9時間に渡って100万人が停電被害を被ったとか、1989年10月、2001年9月、11月の太陽プロトンイベントにより、衛星の太陽電池パネルの出力が低下したり、衛星の姿勢が不安定になるなど、宇宙天気に起因する障害は世界各地で実際に起こっていたのである。

 しかし、“宇宙天気”とは、そもそも、何が降り注いだり、何が吹き荒れたりしているのだろうか? この疑問に答えようと、亘博士は1枚のイラストを見せてくれた。

▲「宇宙環境擾乱」すなわち太陽活動による地球への影響の発生と障害を表したイラスト。(NICT提供)

 このイラストをもとに、亘博士が予報とその影響について簡単に説明してくれた。

 太陽から約8分で届く「フレアX線放射」の強度(宇宙天気予報では「フレア予報」)が上がると、漁船や飛行機などとの通信に使われている短波無線に影響が出る。太陽から数十分〜数時間かけて届く「高エネルギー粒子線」のフラックス(宇宙天気予報では「プロトン予報」)が増加すると、人工衛星や宇宙基地のCPUにエラーを起こしたり、太陽電池の電力低下、宇宙飛行士の被爆などの危険性を高めたりする。また、太陽から2〜3日で届く「太陽風擾乱」(宇宙天気予報では「地磁気擾乱予報」)が激しくなると、地球の地磁気が擾乱され、ひどい時にはGPSによる測量や地上の送電設備にも影響が出る。また、この地磁気の擾乱予報は「オーロラ発生」の予測にも利用されている。

 これら宇宙天気予報は、グローバルな地磁気観測データ、北海道の稚内、東京都の小金井、鹿児島県の山川、沖縄県の大宣味の4箇所で15分ごとに電離層を観測した結果、スウェーデン、ロシア、中国、インド、オーストラリアなど、日本を含む11カ国が加盟する国際宇宙環境情報サービス(ISES)のセンター間で交換される情報、各国の天文台・観測所間からの情報など、世界中から集まった宇宙天気に関する様々なデータをもとに弾き出されている。中でもとりわけ重要なのが、「SOHO」など、太陽と地球のつり合っているラクランジュポイントで観測を行っている衛星からの情報だ。

▲SOHO衛星(ESA/NASA)の極端紫外線(EUV)望遠鏡によって観測された太陽。図の白いところは温度の高い部分で、2006年12月14日21時7分(世界時)に発生した太陽面爆発現象(フレア)。SOHO衛星(ESA/NASA)提供。

▲2006年12月14日21時7分(世界時)に発生した太陽面爆発現象(フレア)に関連して発生したCME。SOHO衛星(ESA/NASA)のコロナグラフによって観測された。太陽から遠いCMEの様子を観測するため真ん中の暗い部分は太陽の明るい部分を隠している。真ん中近くの明るい部分がCMEで、白い点は、太陽フレアから高エネルギー粒子がカメラのCCDにぶつかって生じたもの。SOHO衛星(ESA/NASA)提供。

 こうして様々なデータが集まるわけだが、これらのデータからどうやって宇宙天気が予報されているのか亘博士に尋ねると「最後は研究者がデータから予測しているんです」

▲地球磁気圏の模型を前に、宇宙天気の予報方法について説明する亘博士。

 その言葉を聞いた時、同じくSFパニック映画の「サウンド・オブ・サンダー」の紹介記事の取材のために気象庁気象研究所に出向いた日のことを思い出した。「どんなに科学が進んだ現在でも、天気予報は、最後のところでベテランの予報士の経験に基づいて出されているんですよ」と言われ、“人間”という存在の偉大さを再確認したものだ。

 しみじみと感慨に耽っている私に、亘博士は「これから今日の宇宙天気予報を決める会議があるのですが、ご覧になりますか?」と誘ってくれた。勿論「ぜひ!」と即答。

 会議は、電離層、太陽風、シミュレーションなど、さまざまな専門分野の研究者十人前後が一堂に集まり、その前で、担当者が作成した宇宙天気予報の原案を読みあげる。発表の内容を聴き、問題を感じた研究者が指摘するという形で、会議は淡々と進んでいった。

▲宇宙環境の変動データをリアルタイムで確認することができるスペースに専門分野の異なる研究者が集まり、議論しながら、その日の宇宙天気予報を決定していく。

「最近は、アクセス数も1日に約1000件、申し込まれれば無料でお送りしている宇宙天気予報メールのご希望者も400件程度と、我々の活動の認知度が次第に上がってきました」と笑顔で語る亘博士に、どんな人たちがヘビー・ユーザーなのか訊ねてみた。

「漁業関係者や衛星会社、電力会社、防災無線といったプロの方々と、アマチュア無線、アマチュア天文家、あとはオーロラ観光についての問い合わせなどが多いですね」

 宇宙ステーションの建設が進み、一般人の宇宙旅行も実現し始めた現状を考えると、近い将来、「お~い、今日の宇宙天気予報、どうなってる?」なんてカミさんに尋ねる日が来るかもしれない……。

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