小さな機体に大きな期待を のせて、カウントダウン開始!
翌月曜日の朝、土浦市の運動場に全員集合。ロケット試射日和のほぼ無風、そして高く抜けた青空。そしていきなりの衝撃だったのである。
最初に、前日時間切れ寸前に大慌てで完成させた西脇主任のロケットを発射させたのだ。コイツのは飛ばないだろう。まず失敗を見てみんなで笑い、2機目からが本番であると弛緩した心持ちで導火線に着火したら、シュルシュルと音を発し燃え進み、火がロケット本体の中に入り音が届いてこなくなった…。
ハハハ、と先走って笑うのは場を乱すので各員、無言でじっと見詰めていたら、その静寂を切り裂きシュバシュバシュバアアアッ! とノズルから火を噴き、西脇号は青空に飛び上がったのだ。余りの勢い、予想をはるかに超えたスピードで打ち上がったので、誰一人その姿を目で追えなかったほどである。ほんとに大気圏を突き抜けてしまったのかもしれないと、各員ボーゼンと空を見上げていた。数十秒後、誰かが「やった…」とつぶやいた瞬間、みんなが我にかえり拍手喝采となったのである。
伊藤先生、小林先生というアドバイザーの指導を受けてではあったが、基本的にはド素人のオールドボーイが作ったロケットだった。しかも素材は紙とアルミ箔のロケットである。それが空に突き刺さるように飛んだのだ。
西脇号が飛んだのだからと、俄然盛り上がり始めた。そうしたら、2機目からは発射台で数秒火を噴きながらゆっくりと機体を浮かせ、それからシュバーッとフルスピードで飛ぶという、実際のアポロの打ち上げ模様により近似した打ち上がり方になったのだ。
しっかりと目で軌跡を追えた。カメラも、その軌跡をしっかりととらえることができたのだ。伊藤先生号、小林先生号、小林先生の奥様裕子さん製作のブタパンダ号も見事に空高く飛んだ。奥様は満面の笑みだった。
が、しかし。金子助役と前嶋青年のロケットは導火線の火が途中で消え、打ち上がらず失敗、楚々と涙を流した。いよいよオオトリ、湯本村長製作の大人の科学号なのだったが、そのときにわかに風が強くなり、着火直後の噴射炎が風に流され、あいやあ…安定翼を焦がし始めたのだった。
マズイと息を飲んだ瞬間、シュバーと更に強力な炎とガスが噴出し、飛び上がった。そいでもってブーメランのようにくるくる回転しながら低空を迷走したのである。制御不能の暴れ馬状態。打ち上がったものの失敗!という判定を金子助役から喰らい、湯本は青空を背にして俯いてしまった。
「いつかアメリカで大人の科学号を打ち上げてやる。そのときは絶対に成功させる!」
湯本村長は顔を上げ、空を見つめた。 |