「鉱石ラジオの企画はいつ頃始まったんですか?」
湯本:これは大人の科学シリーズを考えたときに、最初からあったものなんですよ。自分もそうでしたが、昔の科学少年の入口って必ずラジオじゃないですか。今の科学者とか、技術系の人で、私と同世代か、それ以上の年代の方は、きっと皆さんそうだと思います。
「鉱石ラジオの思い出は何か…」
湯本:昔、はじめてラジオを作ったときの感動を本当に鮮明に覚えてますねえ。ゲルマニウムラジオだったんですが、電池がいらないのにラジオが聞こえるというのは、本当に驚きましたねえ。電池切れの心配がないから、聞いたまま寝てしまっても大丈夫じゃないですか。それでよく寝る前にラジオを聞きましたねえ。なぜかこのラジオで聞いた森山良子が今でも心に残ってます。
「タイトルの『磁界検知式』というのは、何か特別な方式なんですか?」
湯本:電波の磁界をキャッチして電流にするという方式のラジオなんですね。通常鉱石ラジオは必ずアースが必要なんですが、この方式だとアースが不要なんですよ。まあこのラジオのアンテナは20mもの長さのコイルを巻かないといけないので、作るのはけっこう大変ですが、昔の鉱石ラジオに比べれば、長いアンテナを家の中に張ったり、アースをしたりする必要はありませんから、そういう意味では楽です。これなら電波の強いところを探していろいろ移動したりすることもできますからね。
金子:実は、最初は「探り式鉱石ラジオ」という名前を湯本さんが提案したんですよ。
湯本:一番初期の鉱石ラジオというのは、この「探り式」というものだったんですよ。
「『探り式』というのは何ですか?」
湯本:初期のラジオは、鉱石が剥き出しでついてましてね。その鉱石の表面に針を当てて、よく検波できるところを探したんですね。これを「探り式」と言ってたんですよ。今回のラジオもそういう方法になってますので、「探り式鉱石ラジオ」という名前を考えてたんです。うちの部員に披露したら大笑いされましてね、それでこの名前はやめましたけど…(笑)。 |
▲剥き出しの鉱石に針を当てて検波する |
「ということは、鉱石が剥き出しでついてるんですね」
湯本:はい。写真を見ていただければよく分かりますが、円形の標本入れの上に4種類の鉱石を置くようになっています。この円形の標本入れというのは、大昔の科学のふろくにこういう形の鉱石標本がついたことがありましてね、それからの連想でこういう形にしたんですよ。
金子:それと、円形にしてあるので、検波の実験をする鉱石を回転させて手前に持ってきて実験できるようになってます。
湯本:昔のラジオの鉱石は、すでに片方の極が鉱石に固定されていて、もう一方の極が針になっていて、これを鉱石の表面に触れさせて検波したんですね。今回のラジオをそういう構造にすると、簡単に鉱石を変えることができないので、針の形をちょっと工夫しました。
「検波しやすい針ということですか?」
湯本:そうなんです。ちょうどミシンの針を見ると、その両側に布を押さえる板みたいなものがついていますよね。あれと同じような形の針を作って、これを両極にしたんです。ミシンの布押さえでまず鉱石を押さえて、真ん中の針で検波をするんですね。これが、なかなか良くできましてね。検波って本当に微妙な力の加減とか角度とかでずいぶん変わるんですが、それを調整しやすいんですね。
「鉱石を置く場所がひとつ開いてるんですが…」
湯本:これは、自分で検波するものを探して、それを置くというような意味でひとつあけておきました。たとえば、古いボルトとか、10円玉なんかで検波することができるんです。
「10円玉で検波できるんですか?」
湯本:できますよ。要するに、金属の表面が少しさびて、酸化膜ができてるようなものなら何でも可能性があります。これが半導体の役目をするんですね。表面がでこぼこしていて、さびたところとさびてないところの境目があるようなものが適しているんですよ。10円玉の表面のでこぼこの具合はけっこういいみたいですね。10円玉ですと鳳凰堂のかわらのあたりで試すとうまくいくことが多いみたいです。
「このラジオには電池もついているんですか?」
金子:電池といっても、乾電池を使うわけじゃないんです。亜鉛版と銅版をつけたボルタ型の電池がついてます。ここに塩水を入れてもらえば、ラジオの感度をぐんと上げることができます。
湯本:もちろん本来の鉱石ラジオは電池を使わなくても聞こえるんですが、電波状態によっては非常に選局が難しいんですね。なので、まず電池のパワーを利用して選局できることを確認して、それから電池を使わずに検波に挑戦するというような使い方を想定しています。ボルタの電池をつけたのは、こだわり以外の何者でもないですね。乾電池を入れるようにしたんじゃ、大人の科学シリーズとしてはつまらないじゃないですか。ですからここうしました。鉱石ラジオには電流は必要なくて、電圧さえあれば大丈夫なんですね。ですから、ボルタ型のこんな小さな電池で十分なパワーが取れるんです。ボルタ型の電池が役に立つなんて他にはあまりないと思いますよ。
「誰にでも体験できる鉱石ラジオということですね」
湯本:ある意味でそういえるでしょうね。完全な無電源状態でチャレンジして、もしうまくいかなかったら、電池の力を借りて試してみるという試行錯誤が楽しめます。ゲルマニウム回路もついてますので、電池+ゲルマニウム回路に切り替えれば相当に感度のいいラジオになります。まずこれで選局を楽しんでもらって、次に電池+鉱石でチューニングする。最後に鉱石だけで選局できれば、完璧という感じですね。ほんの少しですが、ラジオの進化もこのキットだけで体験できますね。
「ラジオにもコップがついているみたいですが、これは何ですか?」
湯本:このコップはバリコンなんですよ。ここをまわして選局するようになってるんです。
金子:中にアルミが張ってありましてね。これで抵抗を変えられるようになっているんです。 |
▲選局はこのバリコンを回して行う |
「今度はコップのスピーカーではなくバリコンなんですね」
湯本:そうなんです。これも、わりと身近にあったもので実験をはじめたのがきっかけでできたものなんです。ただ、今度は蓄音機じゃなくてバリコンですから、エジソンの蓄音機で使ったコップはやわらかすぎてダメでしたね。そこで、硬さや大きさのちょうど良いコップをいろいろ探して、今のコップに落ち着きました。
金子:ただ、そのコップにアルミ箔を張って重ね合わせただけだと、アルミ箔同士の距離が開きすぎて完全な絶縁状態になってしまって最初はうまくいかなかったんです。 湯本:そこで、アルミ箔の方にビニール張りをして、絶縁するという方法で解決しました。これならアルミ箔どうしを接触させても表面のビニール張りで絶縁されますので、距離の問題は解決しました。さらに、コップの内側に布をはりつけて、これでチューニングするときのすべりを良くする工夫もして、とても具合のいいバリコンに仕上がりました。
金子:このキットは、あまり組み立て精度を要求されなかったんですが、こういうコップのバリコンの試行錯誤とか、回路の試行錯誤は結構ありましたね。それに、組み立ては簡単そうに見えるんですが、意外にも大人の科学シリーズの中で一番部品点数が多く、組み立てに一番時間がかかるのが、このラジオなんです。アンテナのコイルをきれいに巻くのはけっこう難しいですしね。もちろん、電磁石とは違いますから、アンテナはそんなにきれいに巻かなくてもラジオの性能はそれほど変わりませんが。
湯本:でもおかげでとてもいい鉱石ラジオができたと思ってます。ぜひ自分で組み立てたラジオで電波をキャッチするという感動を、このラジオでもう一度体験してみてください。もちろんはじめて体験する人も大歓迎です。ぜひ科学キットの原点である鉱石ラジオを体験してみてください。
「ありがとうございました」
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