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朝霧高原に到着。しかし富士に雲がかかっている。牛の放牧地の奥に富士が見えるはずのロケーションなのだが、富士が見えない。全員がダメか…と呟きそうになったときに雲が流れ出した。オレたちの目に富士が見えていても、このトラックピンホールカメラで富士の姿をきっちりと捕らえなければ、今回の実験村は失敗なのだ、と自らに課した義務を遂行しようとする全隊員の目の色が違ってきた。意気込み、そして失敗への不安の二つを同時に抱えながら、全員が撮影準備作業に取り掛かった。その時、午後5時20分。陽が傾きかけ、急激に気温が低下し始めた。
ぐずぐずしてると一気に真っ暗闇だよ、秋の夕日はつるべ落としだから、とカメラマンから檄が飛ぶ。最先端のカメラ技術を持っている彼ら二人こそが、ピンホールカメラで富士を捕らえることの困難さを一番よく知っていたのだ。放牧地でのどかにモーと鳴く牛たちの柵のこちら側で、全員がモクモクと働いた。 |
そしてじっと動かず苦行の20分で撮影した写真に富士の姿が…、どう表現すれば良いのだろうか。まッ白な画用紙の上に、指先につけた薄墨で描いたとしか言いようのない姿でうっすらと、何も写っていないではないかと笑われれば、そうですねとつられてこちらも苦笑するしかないような富士だった。
1秒ごとに気温が下がる。2秒進むと闇の濃さが増す。主任西脇がガックリと肩を落とした。その横顔を見ていた助役金子が、耳打ちする。「一番辛いのは村長なんだ…。」
主任西脇は、その言葉に反応した。肩を上げ背筋を伸ばし、言ったのである。 「いいですか、皆さん。今から最後の撮影をします。露光時間は、只今より陽が完全に落ちてしまうまで! だから、時計のカウントはしません。真っ暗闇になるまで、お願いです。日本一の山・富士を背にして、頼みます、全員、じっと動かないで下さい。」
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