5合目での実験開始である。戸田先生の指示に従い、「霧箱」をスタンバイ状態にする。そしてしばらく待つ。すると霧箱底部に敷いた黒色紙と触れる空間に、モヤモヤと霧が漂い始めた。暗黒空間に漂う白い無数の霧粒、それを凝視していると、霧箱内が広大な宇宙のように見えてきた。と思ったら、おおおっ、一筋そして二筋目の飛行機雲が走ったのだ。
「今走ったのはα線とβ線です」
と戸田先生。共に宇宙線ミューオンではないという。α線・β線は地球上の岩などからも放射されているもの。ミューオンはもっと長く直線的な飛跡を作るそうで、やはりもっと高い場所に登ったほうがいいのでしょうねえ⋯口籠った瞬間だった。まさにさっきの二筋よりも長く直線的な飛行機雲が右から左へと走ったのである。
「今のはミューオンです!」
戸田先生が断言した。我々は宇宙線の飛跡を見たのだ。宇宙線は高ければ高い場所ほどその量が多い。目指せ富士山頂である。
が、しかし。富士山頂を目指せ!と吠えた本人の湯本村長が膝の故障のためドクターストップがかかり、5合目でリタイアという。よって、臨時村長にハゲの金子を指名。私も山頂までは付き合えないから息子を連れてきましたという戸田先生もリタイア。湯本の命令なら渋々聞いてもいいが、金子のそれじゃなあ⋯と不満顔の西脇主任、僕がしっかり親父の代役を務めますの武宏さん、急遽大役を担ってほくそえむ金子、その3人が富士山頂を目指すことになったのだった。
村長湯本は「戸田先生と麓の温泉につかりながら、君たちの実験成功を期待して待つ」と言った。残念な表情をしつつ、目が笑っている。次期村長選は、大丈夫かあ?などと思いつつ、3人はまずは7合目を目指し登山を開始したのである。
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