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光武 いつ頃からかはわかりませんが、かなり長い間とっていました。ふつうの漫画とかは親がいい顔しないですけれど、学研の本なら買ってくれる時代だったんですね。学研の漫画だったら買ってくれるんです。
光武 2年の科学の「アリの巣づくり・観察タワー」。この形までは覚えていませんが、ちょうど体が強くなってきて、かなり元気に遊べる頃でしたね。富士山のふもとだからか、小さいアリ、大きなアリ、いろんなアリがいましたね。学校の近くの公園にいたアリとか、庭のアリとか、いろいろ持ってきて入れた記憶がありますね。そういうのが楽しかった。「あ、このアリ、ちがう!」とか思ってつかまえてくるんです。
光武 あとは「1年の科学 あさがおセット」でしょうか。
光武 こういうのは簡単につくれるんですね。ですから、1つの遊び方に飽きて、改造するのが好きだったんです。工作用品とか持ってきて、お菓子の箱とかと組み合わせて、オリジナルのものをつくりたがるんですよ。
光武 カメラはいろいろテストしたんじゃないですかね。光の入り方を変える仕組みなんかつけてみたりとかすると、写り方が変わるんですよ。とにかく、1つの使い方では満足しなくて、いろんな遊び方を探していましたね。せっかちで飽きっぽいので、太陽を見てはいけません、と書いてあれば、なんとかして太陽を見ようと工夫したり…悪いことばっかりしていましたね。 こういう「モーター」とか付いていると、すごくうれしくて。別の使い道があるから(笑)。「このモーターをとって、何に使おう?」とか。
光武 子どもの頃って、なかなか気の利いたものとか集まらないじゃないですか。お菓子の箱とか缶とか…こういうきれいに成形されたものってないので、ふろくの本来の使い道で遊び終わったあとに、そういうものをいろいろ貯めてあった。部品として使って遊んでいたんですね。
光武 今見て思ったんですけれど“紙もの”が多いですね。扉絵なんかもペーパークラフトのイラストレーションだったり。今もこういう完成品をイラストレーションとする方はいますね。僕とは違うんですけれど。それに、記事の中では野菜を紙でつくったりしてますので、恐らく、僕もやっていたんじゃないでしょうか。
光武 昔、方眼の入った厚紙、いわゆる「工作用紙」が近所の駄菓子屋さんでも買えたんですね。富士市は製紙工場がものすごく多い場所なんで、近所のおじさんから紙をもらうんですよ。「紙、たくさんあるから」って。
光武 ええ、隣のおじさんにもらった紙とか、家の中に紙が溢れていたんですね(笑)。身近に紙があったので、何かほしいものがあれば、紙を使ってつくるんです。一番最初に何を作ったかは覚えていませんが、恐らく、お菓子の箱とか、もともとできている紙の箱を参考にしながら、自分のほしい大きさに改造する。大きい箱がほしくて、その作り方を開いてみて、作ってみたりしたんだと思います。
光武 たぶん、一番最初は箱だったと思うんです。
光武 これを開いて、型紙をつくって、この面がもうちょっと大きい箱がほしいかなっていうと、その面を大きくして。でも、合わない。すると調整する。底が抜けない方法もあるので、よく観察して作り直す…小学校2年生とか、そういう頃でしょうね。
▲ふろくを使った遊びからだけでなく、ふろくの箱から学び取った多くのことが、少なからず光武氏の作品作りのバックボーンとなっている。
光武 当たり前といえば当たり前なんですが、すぐ取れなくするためのベロとか、引っかかりとか、小学校の時に見ながら、「こういうのがあると抜けないんだなあ」とか。 中身はいずれ飽きてしまうんですけれど、箱はいつまで触っていても飽きないというか…今、思い出すと、そういう感じだった気もしますね。
光武 小学校の4年か5年の算数で展開図の問題が出るんですが、すごく得意で、いくらでも展開が思い付いちゃうんですね。あの授業は最高でしたね。たぶん1週間くらいしかなかった。今は削除されているみたいで残念ですが…。知能指数のテストでも、展開図の関係の問題だけは、特別点数が高かった。結局、ひらめきなんですね。書き起こして、検証して、ちょっとちがうかな。あとは微調整で、切って寄せて直していくんですけれど、一番最初のこの形をつくるのは、ひらめきなんですね。
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