生命情報科学の源流のトップへ WEB連載

生命情報科学の源流

第2回 1922年:日本とヨーロッパの距離

書籍関連・映画のご紹介

独創と孤立

 「物質と生命の間に橋のかかるのはまだいつの事かわからない。生物学者や遺伝学者は生命を切り抜いて細胞の中へ追い込んだ。そしてさらにその中に踏み込んで染色体の内部に親と子の生命の連鎖をつかもうとして骨を折っている。物理学者や化学者は物質を磨り砕いて原子の内部に運動する電子の系統を探っている。最も複雑な分子と細胞内の微粒との距離ははなはだ近そうに見える。山の両側から掘って行くトンネルがだんだん近づいて最後のつるはしの一撃でぼこりと相通ずるような日がいつ来るか全くけんとうがつかない。もしそれが成功して生命の物理的説明がついたらどうであろう。科学というものを知らずに毛ぎらいする人はそういう日をのろうかもしれない。しかし生命の不思議がほんとうに味わわれるのはその日からであろう。生命の物理的説明とは“生命を抹殺する事”ではなくて、逆に“物質の中に瀰漫(びまん)する生命”を発見する事でなければならない。」

 この文章を寺田寅彦が書いたのは1921年(大正10年)4月、アインシュタイン来日の前年、ワトソンとクリックによるDNA二重らせん構造の発見から30年以上も前の事だった。「細胞内の微粒」とはアインシュタインのブラウン運動論(囲み記事参照)をさしている事が明らかだし、今から考えれば「最も複雑な分子」の一つこそはDNAだった。何よりも、「物質の中に瀰漫する生命」つまり物質によって構成されながらもシステムとして機能する生命を理解することこそは、現在も未解決の最重要問題、生命情報科学の究極のテーマである。ここまで生命を理解していた寺田寅彦、X線回折理論の発見者である彼を生命情報科学の創始者、ブラッグ(子)のようなゴッドファーザーにできなかったところに、日本物理学の独創性と後進性が同居する。

書籍関連・映画のご紹介

BACK 1   2   3   4   5   6   7   8   9   10 NEXT

生命情報科学の源流のトップへ このページのトップへ