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生命情報科学の源流

第8回 焼け跡の東京:デカルトとの対話

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ナポリの非周期性結晶

 1951年(昭和26年)5月、ナポリの臨海実験所で開かれた生物物理学研究会でモールス・ウィルキンス(31歳前後)が講演する中、関心のない表情で新聞を広げていたのは、ジェームズ・ワトソン(23歳前後)。ウィルキンスはロンドン大学キングズ校のランダル教授の代理としての参加。米国人ワトソンは留学先コペンハーゲンのハーマン・カルカー教授に“お付き合い”してのナポリ入りだった。デルブリュックの勧めで、ファージ・グループの若手二人、ワトソンとステントが“DNAの化学”を学ぶためにコペンハーゲンに来ていたのである。ワトソンは、ウィルキンスが回折写真の説明に使った“DNAの(繊維)結晶”という言葉に驚愕する。この時、シュレーディンガーが『生命とは何か?』の中で使った「遺伝子は非周期性の結晶に違いない」という不思議な表現をワトソンは忘れていなかった。ワトソンの心のなかで「遺伝子=結晶=DNA」というあまりにも単純で、しかしながら結果としては正しい図式が完成する。ワトソンは独自の強烈な個性を持っていた。それは、自らのゴールを明確に設定し、そのゴールへとまっしぐらに突進する、目的達成への“欲望”である。運命の1953年が目前に迫っていた。

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