忠雄のニュートン主義者としての集大成ともいえる著作が『暦象新書』である。
寛政十年(1798年)に成立したこの上・中・下七冊本は、忠雄がカイルの著作に自説を加えて著述したものである。この中で彼は、コペルニクスの地動説、ニュートンの作用反作用の法則、万有引力の法則、慣性の法則、ケプラーの法則、楕円運動、真空、屈折の法則など、近代科学の主要な法則や概念について詳細に述べている。
写真/早稲田大学図書館
本木の理解では不充分だった地動説も、論理的に地動説を否定する理由がないとして明快に打ちだしている。
彼自身が発明した訳語も改良・洗練され、求力は引力に、属子は分子などに改められたうえに、さらに新しい用語も付け加えられた。数学概念の説明では、「+、−、÷、√」といった数学記号もはじめて紹介されている。
訳文には「忠雄曰く」として、随所に彼による補説が付されている。これを通して彼の思索の深まりをうかがうことができる。
忠雄は東洋の自然哲学を土台に、西洋の科学思想を理解しようとした。その根本は中国の古典「易経」を頂点に、気、陰陽五行説を階層的に配置し、五行とニュートン的物質を対応させることにあった。地動説では、敬天を説く儒教的な観念との融和まで考えていた。
写真/早稲田大学図書館
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