まずは生の花から色素の抽出である。実験用の花および果実は8種。バラの花びらをむしる金子助役の手が震えていた。花言葉が「愛」だから⋯であろうか。摘み取った花びらをまとめて1種ずつメタノール液に混ぜ、ミキサーにかける。そのドロドロの液をコーヒー用濾紙に繰り返し通して不純物を取り除く。すると村民から溜め息が漏れた。純度を増した色素溶液の色が、なんとも表現し難いほどに澄んで美しかったからだ。
この色素が太陽光を受けて励起する。つまり電子を出すわけだ。それをフィルムに塗られた酸化チタンが受け取り、回路に流す。色素増感太陽電池の簡単な仕組みは、そういうことである。材料は導電フィルム、色素、酸化チタン、ヨウ素溶液に鉛筆(炭素)程度で格安かつ簡単、植物の光合成システムを発電に取り入れた、正に無尽蔵の電池だ。しかも柔軟性のあるフィルム太陽電池は、形状が自由自在となり汎用性が高まる。色素増感太陽電池スカートの女性たちが町を歩くなどという時代も夢ではないのだ。
西脇は、ここで村民を二班に分けた。時間のある限り濾過し続け、色素の純度を高める役目の金子班と、導電フィルムに酸化チタンをコーティングする湯本班である。
風、埃を避けるため湯本班はトイレ棟の壁裏に移動した。金子はただひたすら色素溶液の濾過を繰り返す。地味で難儀な作業をやらせるなんて、西脇は何かオレに含むところがあるのか、と疑いつつ金子は作業を続けていたのだが、しかし。それよりも地味で更に難儀だったのは実は、湯本班だったのである。
イラストレーターである読者代表村民の太田の指示に従い、メタノールに分散させた酸化チタンをエアブラシで導電フィルムに吹きつけていく。が、10cm×20cm大のフィルムにムラなく溶液をコーティングするには、かなりの技術と辛抱が必要だった。小さな円を描くように右から左へ数センチ幅で噴き付ける。それを下段へと順に繰り返しコーティング面を広げて行く。
しかし、フィルムとエアブラシとの距離と噴霧の勢いを終始、一定に保っていなければ、ムラができてしまうのだった。読者代表村民の津田はフリーライターである。日々パソコンのキーを叩き続けて、指先作業にはいささかの自信があった。しかし、エアブラシのスプレーボタンを右人差し指で、余りの長時間押し続けたため翌朝、指が利かず箸を上手く使えなかったほどである。あっちの方が楽しそうだ⋯と湯本班を見つめていた金子は、大きな思い違いをしていたと言わざるを得ない。
色素が出した電子を受け取る酸化チタンのコーティング状態の精度が、今回の実験の成否を左右するのだ。満遍なく均一に、できればより濃くフィルムに塗布されていなければならない。よって酸化チタン溶液の霧にむせびつつ湯本班は重ね塗り、そしてまた塗り重ねを続けた。実験村の第1日目は、そのようにして終わったのである。
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